多忙を極めた日活時代

週に2本のペースで映画が制作されていた時代でしたから、言葉では言い表せないほどの忙しさでした。主役級の俳優はもちろん、脇役の俳優陣もひっきりなしに仕事をこなしていた頃です。日活全体が、活気に満ち溢れていました。次から次へと台本が渡され、セリフを覚えなくてはなりません。演技経験がゼロからのスタートでしたので、とにかく周りに迷惑をかけられない思いで必死でした。絶対にNGは出したくなかったので、セリフは完璧に頭に叩き込んでいったものです。それに加えて、モデルの仕事もこなしていましたから、睡眠時間は1日平均だいたい2時間〜3時間くらいでしたでしょうか。日活の撮影所には宿泊スペースもありましたが、あまりよく眠れないので、できるだけ自宅に帰るようにしていました。

忙しさのあまり、撮影の合間に睡魔に襲われることも度々ありました。でもこんなことは、当時の日活では日常茶飯事です。俳優だけでなく、スタッフも睡眠不足でした。ある時、照明さんがライトの灯りでポカポカして眠気に誘われたのか、舞台裏から落っこちてしまった事がありました。最初は皆んな驚きましたが、当の本人が照れ笑いをしながら起き上がった途端、爆笑の渦に…。でも、こんな事は一度や二度の話ではなかったのです。当時のメンバーは、日活に携わっているだけでも嬉しかった時代でしたから、こんなハプニングにも寛容な雰囲気だったものです。監督、スタッフ、俳優すべての人たちが一体となって映画作りをしていました。

それから、何の映画だったか覚えていませんが、芦川いづみさんと共演した時のことです。2人でタクシーに乗っているシーンの撮影でした。車の中は撮影のライトでとても暖かくて心地よく、それはそれは眠気を誘うほどでした。いづみちゃんは私以上に引っ張りだこでしたから、疲労も溜まりに溜まっていたと思います。2人でタクシーのシートに座っていたら、眠たくなってお互いにもたれかかってしまうのです。そこで、眠りに落ちそうになったら、2人で太ももの肉を摘み合って、眠らないようにしていました。苦笑いしながら…。いづみちゃんは先輩ですが、盟友でもあります。お互いに日活を離れてからも交流を続けていて、今でも仲良くしていただいています。いづみちゃんとのエピソードはまた、別の機会にお話しします。

そうそう、この時期はいくら食べても太ることはありませんでした。お米が大好きで、お茶碗に3杯も食べていました。若かったこともありますが、それくらい食べないとやっていけないほどに忙しかったのです。

次回は、和田浩治さんとの共演についてお話しします。

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