砂浜の奇跡

瀕死の状態と言っては大袈裟かもしれませんが、小高は余命も宣告されておりましたのでほとんど寝たきりの状態で葉山に移ってきました。海が手に届くところにあるのに、そこに辿り着けないもどかしさを感じていたでしょうから、どうにか抱えて砂浜まで連れて行くことにしたのです。砂浜は目の前に、歩いて一分もかからない距離でした。ようやくふたりが素足で砂浜に下りた時、砂の温かさに体中が包まれるような感じがしました。小髙は時間をかけて静かに砂浜に横たわり、そして目を瞑りました…自然の力を全身で受け取るかのように。私たちは海風を感じながら、自然の中で過ごせる幸せを噛み締めていました。

葉山での生活は、午前中はのんびりと自宅で過ごして、お天気が良ければ午後からは砂浜へ行くのが日課となりました。おにぎりを作って持って行き、何時間も砂浜に寝転がって過ごすのです。小髙は極力、入院したがりませんでしたので、静かに過ごす他はありませんでした。それで私も、仕事は小髙の体調を考慮して少しずつセーブすることにしていました。実際、夫がこの状態では、仕事もそんなにしている場合ではなかったのです。

毎日、ふたりで砂浜で過ごすようになってから、徐々に小髙も正気を取り戻しているのが手に取るようにわかりました。砂浜は歩くも良し、寝転がるも良し、とにかく砂が肌に触れると健康になれる気がしたのです。何時間でも砂浜で過ごしたくなりました。それから少しずつ海に入ることにしました。すると「水を得た魚」ではありませんが、みるみる元気になっていったのです。葉山に越してきたのが2月でしたが、夏が過ぎて秋になる頃には普通に日常生活が送れるほどになっていました。最初はどうなることかと思いましたが、自然の中で過ごすことがどんな治療にも勝ることか。今、振り返ってもこれは砂浜の奇跡でした。小髙は、砂浜で、葉山の海で、奇跡的に回復したのです。

でも、副作用もありました。それは私に…。ひどく日焼けしてしまって、気がついたら真っ黒に!マネージャーの小橋さんからは「仕事が来なくなるから、これ以上日焼けはしないように」と心配されたものです。女優が日焼けするなんてもっての外でした。マネージャーだけでなく周囲の人も心配するほどでしたが、そんな事はお構いなし。だって、小髙が回復したのですから。私には仕事よりも夫が優先だったのです。

次回は夫の療養と仕事との両立についてお話しする予定です。

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