春よ来い

日本テレビ系列で1982年11月〜1983年5月まで放映された人気テレビドラマ「春よ来い」に出演しました。「北の国から」(1981年10月〜1982年3月)の撮影が終わって間もなくのオファーだったでしょうか。主演の森光子さんをはじめ実力俳優が出演するとあって、ワクワクしながら撮影に臨んだのを覚えています。私の役どころは中条静夫さん演じる森光子さんの夫の愛人役で、これまでに演じた事の無い役柄でした。日活時代からほぼ等身大の役柄ばかりでしたから、新しい自分に出会えるような気がして胸が躍りました。

連続ドラマは全24話で、だいたい半年をかけて放映されました。撮影はもちろんそれよりも前に行われますが、一話につき4日はかかったでしょうか。森光子さんをはじめお忙しい役者が出演しておりましたから、撮影期間も半年近くかかったかと思います。具体的には稽古場で出演者の顔合わせをしてから、本読みといって台本を読み合います。一通り終わったら、監督と演者とのディスカッションを行いました。それだけで1日がかかります。それから立ち稽古といって、テーブルと椅子があるだけの稽古場で、実際に動きをつけながら演技をします。それにも丸1日がかかりましたね。合間に衣装合わせをしたり、そのあたりは役者の忙しさによってまちまちではありましたが、それからいよいよ撮影というわけです。こうしてみると日活映画の撮影と比較したら、ドラマでは役作りをする時間が多く与えられていましたね。

ところで、実際の私は小髙一筋ですので誰かの愛人など経験したことはありませんから、この役どころでは想像力を膨らませなければなりません。以前「やどかりの詩」というドラマで、自分と価値観の違う人間を演じる難しさを語った事がありました。今回も価値観のまるで違う人間を演じるということでは変わりはなかったのですが、自分では無い人間を演じる楽しさが加わりました。実際の自分では経験できないことがドラマの世界でできるなんて、何通りも生きている気分になります。これが役者の醍醐味だとすれば、それが本当にわかるまでに自分も成熟したということなのかもしれません。役者は「もし自分だったとしたら」という問いかけを常にしているのです。

このドラマで初共演となった大先輩の森光子さんですが、失礼ながら大変庶民的な方で、とても優しく細かい気配りのできる方でした。ドラマで初顔合わせの方もいますので皆さん緊張されますが、森さんはいとも簡単に場を盛り上げファミリーのようにしてしまうのです。ですから、稽古もトントン拍子に進みました。元よりこのドラマには芸達者な役者が揃っていましたから、とてもスムーズに進行したのを覚えています。そうそう、森さんは小髙の事も心配してくださって、稽古の終わりにお土産を持たせてくださったことがありました。もちろん役者ばかりでなくスタッフへの気遣いもきちっとされていて、役者としてはもちろん人としても学ぶところの多い方でしたね。とても尊敬していましたし、できるならもっとご一緒したかったのですが、残念ながらこのドラマでの共演が最初で最後でした。

それから中条静夫さんについても、このドラマで初共演したのが最後でした。中条さんも大ベテランでしたから、お芝居がとてもやり易かったです。とにかく長セリフが多くて大変そうでした。演技の合間にも、おひとりでベラベラとセリフの確認をなさっていたのを覚えています。苦労を重ねられて、晩年になってから活躍の幅が広がったのがちょうどその頃でしたから、とてもノリに乗っていた時でしたね。他には、沖田浩之さんが私の息子役で出演していました。若くて吸収も早く才能のある方だと思っていたのですが、早くにお亡くなりになられてとても残念でした。

このドラマは40年近くも前の事で細かいことまでは覚えていないのですが、とにかく達成感がありました。大先輩の森光子さんとの共演は、役者としての更なる可能性を見出せるきっかけとなったのです。というのも、経験した事の無い役柄への挑戦は自分自身を客観的に見つめる機会にもなり、また新しい自分を発見することができたと思えたからです。正直に言って、もっともっと芝居がしたいという意欲に掻き立てられました。しかし、それは非常に難しい状況にある事もわかっていました。自分の置かれた現実を考えれば、仕事に生きることは困難だったのです。

次回は、「北の国から」で共演した地井武男さんとの思い出についてお話しする予定です。

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