社会的な問題作「やどかりの詩」

有馬頼義原作の連続ドラマ「やどかりの詩」(1968年6月〜)に主演しました。このドラマは子供のできない夫婦が人工授精を行うかどうか葛藤し、精子の提供者との三角関係に悩むというかなり重たい内容です。当時、社会的な問題作と言われておりました。一方、1968年といえば小髙と入籍する前の年でしたし、事実婚だったとはいえ二人の間で子供のことはまだ問題になっていなかった頃です。それまでに演じたことのない役柄でしたので、「もし自分だったらどうなのか?」と常に問いながら取り組んでいたことを覚えています。役柄に自分自身を当てはめていく事が難しかったですね。

夫の役は塚本信夫さんでしたが、俳優座出身のベテラン俳優で小髙の一期先輩。役作りで不安のあった私を随分と支えてくださったのを覚えています。俳優間の信頼関係がドラマの質に影響を及ぼしますが、相手役が小髙と親しいということでとても助けられました。振り返ってみれば、日活では俳優同士が既に仲間内でしたからやり易かったわけです。フリーになってからはそういう訳にもいきませんので、日活時代のありがたさをひしひしと感じました。このように離れてみてわかることもありましたね。

ところで私自身のことを言えば、もちろん小髙との子供が欲しかったのですが、残念ながらその願いは叶いませんでした。ドラマに出演した時には、将来、自分にも不妊の問題が起こるとは夢にも思っていませんでした。昨今では医療も進んでいろいろな方法があるようですが、私たちは子供のいない人生を受け入れたのです。このドラマへの出演によって、不妊の問題を夫婦でどのように考えていくのかを、演技とはいえ経験できた事は、少なからず実生活においても役に立ったのかなと思います。

役者という仕事を通じていろいろな人の価値観に触れる事は、その都度、自分自身の価値観も見直す機会になりました。自分という人間はひとりしかいませんが、役者は演じる事でいろいろな人の人生を疑似体験できるのが面白いのです。自分自身に似ているキャラクターを演じるのは容易いですし、その役柄の人生をそこまで深く考える必要もなかったかもしれません。「楽天夫人」なんかは良い例です。しかし、このドラマのようにその時の自分とはかけ離れている役柄を演じる場合に、自分とまた別の人生を演じる醍醐味を味わえるものだと思います。このように演じる難しさを経験すればするほど、役者の仕事に夢中になっていったのです。

次回はドラマ全般について振り返る予定です。

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