ドラマ「北の国から」に出演したきっかけ

長年住み慣れた千葉から一昨年に故郷の北海道へ引っ越しをしましたが、地元ではドラマ「北の国から」のファンがとても多いことに驚いています。もちろん国民的なドラマですので、全国にファンはたくさんいらっしゃるかと思いますが、やはり地元の方の「北の国から」愛は格別のようです。2002年の最終話を最後に暫く活動を休止しておりましたし、札幌に住んでいても私のことを知る方はほとんどいないので、とても気楽に生活をしているところですが、何かのきっかけで「北の国から」の話になると「中畑のおばさんですか?!キャー!」みたいになってしまって、少々戸惑うことがあります。今では、日活で活躍した俳優というより「中畑のおばさん」のインパクトの方が断然強いんですね。嬉しいけれど、正直言うとほんの少しだけ寂しさも覚えます。日活映画からドラマへと一枚看板で活躍していたキャリアに比べたら、私の中では「北の国から」にはほんの少し出演した、という感じだったからです。

ところで、このドラマに出演するきっかけを作ってくれたのは当時マネージャーだった石渕さんです。ハワイ旅行から帰ってきて間もなくの頃だったでしょうか。ちなみに日活を離れてからマネージャーは小橋さんが担当していましたが、病気のため石渕さんに交代していました。石渕さんがフジテレビのプロデューサーをしていた岡田太郎さん(夫人は吉永小百合さん)と引き合わせてくれたのです。当時は割とフジテレビのドラマに出演する機会も多かったので、岡田さんのことは既に存じていました。実際の打ち合わせは、フジテレビの食堂で三人で気軽にお茶を飲みながらという感じだったでしょうか。当時、台本はまだ刷り上がってはいなかったものの、大体のことがほぼ決まっていた段階でした。「富良野にある材木屋のお母さんの役」をやらないかと言われ、自分にぴったりだなと直感しました。おまけにロケがあるタイミングで、北海道の両親に会いに行くこともできますしね。更にありがたいことに、小髙の病状も考慮して出演の長さも調整してくださるという事でしたので、その場ですぐに返事をしたのを覚えています。

当初は二クールの予定だったドラマ「北の国から」でしたが、最終的には20年も続いた超大作となりました。こんなにも国民的なドラマになるなんて、当初は全く想像もしておりませんでした。ご縁あって出演する事ができて、本当にありがたく思っています。そして今、北海道で暮らす中、このドラマへの出演がインパクトとなった事で活動再開へ前向きになれたのは言うまでもありません。この作品に出会えた事を心から感謝しています。

次回も「北の国から」についてお話しする予定です。お楽しみに。

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