最後の別れ

2016年8月、久々に千葉の館山市に上陸した台風は猛威を振るって私たちの暮らしを直撃していました。倒木が道路を寸断し、夫の入院する長生病院に行けない日が一日だけあったのです。それは亡くなる前日のことでした。一週間に三つの台風が千葉を直撃し、自宅の屋根が損傷するほどの記録的な風雨に曝されていました。夫の様子が気になるも、自宅に閉ざされ屋根や窓を打ち付ける聞いた事もないような雨音に怯えていたことを、今でも思い出します。

思い返せばちょうど台風が近づいてくる直前の8月21日に、小高は救急車でかかりつけの長生病院に運ばれました。だいたい最後の一年は細かく入退院を繰り返していましたが、とにかく本人は入院しても「すぐに帰る」と言って聞かなかったものです。主治医の先生もできるだけ自宅で過ごす時間を長く持った方が良いという考えでしたので、今回もすぐに帰って来られるだろうと思っておりました。…しかし、それは叶いませんでした。

普段、病院にいても小髙は好きな音楽を聴き、窓から眺められる自然の景色を愛でながら静かに過ごしていました。よく小鳥の囀りも聴こえてきていたのですが、特に鶯の鳴き声には慰められると言っていました。もちろん私も、入院中は面会時間の7時から19時までフルに付き添っておりましたので、そこまで寂しさは感じていなかったと思います。でも台風の影響でたった一日だけ行けなかったその日に、小高は魘されながら私の名前を何度も呼んでいたそうなのです。

翌朝、一日ぶりで病院に駆けつけた時は、既に昏睡状態で口が利ける状態ではありませんでした。二日前までは普通に話もできたのに…前日に来られなかったことが悔やまれてなりませんでした。それでも主治医の先生は「耳はしっかり聴こえている筈ですから、とにかく声をかけてあげてください」と言って下さったので、必死に声をかけたことを覚えています。「ここに鞠子はいますよ!一緒におりますよ」と…。

2016年8月25日15時37分、小髙は静かにこの世を去りました。思えば60年近くもの間、夫の人生に寄り添い続けてきましたので、常に二人は一緒でした。覚悟をしていたとはいえ、実際に一人になる寂しさは例えようがありません。それでも私は生きていかなければならないのです。

「…爽やかな命と共に 風のようにあの世に行きます 皆さままたお会いしましょう さようなら」 小髙 尊

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